恋涙

部屋には、彼が明日旅立つ荷物くらいしかなくなった。

そんな空っぽの部屋で、私は一通の手紙を書いた。


彼を目の前にすると言いたいことも言えないような気がして、手紙に気持ちを託した。


今ではもう、その内容を覚えてはいない。


でも一言、最後に「幸せでした」と書いたことだけ覚えている。



あっという間に仕事に行く時間になった。

約一週間ぶりの出勤で、心のどこかで踏ん切りをつけていた。

着物着替え、鏡を見ると、いつも仕事モードに切り替わった。

「今日も切り替えなきゃ。」

そう呟いて、私は着物の帯をポンポンっと叩いて気合いを入れた。

「おはようございます。」

お店に入り、暖簾を上げて準備をしていると、少しして彼の会社の団体が少しずつ集まってきた。

今日は人数多く、貸し切りという形だった。


いつも通りの仕事をこなし、お客さんを迎えていると最後の最後で久保さんが入ってきた。

全員が揃ったところで後輩と一緒に飲み物の準備をし、人数分ものビールを部屋に運んだ。


全員に飲み物が行き渡ると、幹事の人が久保さんに挨拶を促した。


彼はゆっくり立ち、少しはにかみながら頭を下げた。

私たちスタッフも、その挨拶を全員で聞いていた。


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