恋涙

決別


料理も出し終わり、私がレジの前で事務整理をしていると、部屋から彼が出てきた。


靴を履くと、彼は目で自分についてくるよう合図をした。

そこは店の奥の化粧室前。暖簾がかかってるから、あまり人目につかない。


「俺の挨拶、よかっただろ?」

「あんなこと言って、もしバレたらどうするの。」

「もういいよ、バレても。」

「私が困る。これからも私はここで、あなたの同僚と顔を合わせるんだよ。あなたがいなくても・・・」


そこまで言って、急にそんな近い未来が想像できてしまって悲しくなった。

「・・・今日、着物を着たまま店を出て。待ってるから。」

彼はそれだけ言うと、また部屋に戻って行った。


送別会が終わり、全員が部屋の外でタクシー待ちなどをしていると、彼が私たち店の中居の前に来た。

「こちらのお店では本当にお世話になりました。接待の時も本当によくして頂いて・・・。後継の者も引き続きよろしくお願いいたします。」

彼が私たちに深々と頭を下げた。

こういうとき、挨拶をするのもリーダーである私の仕事だ。

「こちらこそ、大変お世話になりました。貴社の接待はこれからも私共が精進してフォローさせて頂きますので、ご安心ください。外国ということで不慣れなこともお有りでしょうが、お身体に気をつけて頑張ってください。」

私はそう言って、彼に手を差し出した。

彼はその手を優しく握った。



「先輩はすごいです。」

店の暖簾も下げて上がる頃、後輩が急に口を開いた。

「何が?」

「寂しくないんですか?普通ならもっと悲しんでもおかしくないのに・・・。仕事だからですか?」

「ん?さぁ、どうだろうねぇ。」

「久保さんのこと、本当に好きなんですか!?」


少し力強く言う後輩を見て、私は何も言わず微笑んだ。


後輩は少し不服そうな顔をしていた。
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