恋涙
「あれ、先輩着替えないんですか?」
更衣室で着替えない私を見て後輩が尋ねた。
「あ・・・なんか久保さんがそのまま出てこいって。」
「一緒に帰るんですか?」
「飲んでるからね。車で一緒にって魂胆でしょ。」
店の施錠をして外に出ると、彼が立って空を見上げながら待っていた。
いつかも見た光景だった。
私たちに気付いた彼は、私の隣にいた後輩に軽く頭を下げた。
「こう見ると新鮮ですね。」
後輩が私と彼が並んでいる風景をニヤニヤしながら見ていた。
「何が?」
「先輩と久保さんって本当に付き合ってたんだなぁって。だってさっきだって普通に接客してたじゃないですか。」
「まぁ、仕事だし・・・」
「こうして見ると、お似合いですよ。じゃあ、私は失礼します。久保さん、お元気で頑張ってください。」
彼はもう一度頭を下げた。
「お似合いだって。」
彼が笑う。
「なんで着物のままなの?」
「意味はないけど、君が俺のスーツが好きだって言ったように、俺は君の着物姿が好きだから。君は毎日スーツを見れるけど、俺はめったに見られないから。二人の時間にその姿を焼き付けておきたくて。」
「なんか変態っぽい。」
「どうとでも言ってくれ。」
従業員の駐車場まで、二人で歩いた。
初めて、スーツで、着物で手を繋いで歩いた。
いつか夢に見てたよ。
人目を気にせず、堂々とこの姿で手を繋いで歩くこと。