恋涙
「泣かないよ。」
そう言って、私は彼から離れた。
「泣かない。あなたの前では絶対。でも、強くなんてないよ。何度も自分の選択が本当に正しいのかって悩んで、耐えきれなくなった。」
私は彼の右手を握った。
その瞬間、彼の目から大粒の涙が溢れ出した。
本当は残される私よりも、残して行く彼の方が何万倍も辛んだって思った。
顔を真っ赤にして一生懸命口を押さえて涙をこらえている彼を、自分の中にある精一杯の「好き」という気持ちで抱きしめた。
「最後にキスでもしとく?」
彼の頬を両手で包み、私が笑って言った。
その言葉に彼は涙を浮かべながら精一杯の笑顔を見せて、私の肩を掴んで思いっきりキスをした。
スーツ姿の彼の腕の中ほど愛おしいと思える場所はない。
すごく心地よくて、温かくて、優しい。
いつかこの場所を懐かしく思う時が来て、その時はもしかしたら別の誰かと、似たような場所を作っているのかもしれない。
もしかしたら、十年後の自分はこの場所を忘れているのかもしれない。
それでも、二人が歩いた軌跡は確実に形を残しているから・・・
振り返ればきっと、いつまでも残り続けているから・・・
二人の足跡が今、途切れようとも、未来にまた二人の足跡が刻み込まれるかもしれない。
そんな小さな小さな期待が私に彼と離れる決心をさせた。
だけど、本当は自分が選択した道は自分が思っている以上に辛い現実を受け止めることだって、この時はまだ気付いていなかった。
それでも自分の心の中で少しの希望が私の心を必死でつなぎとめていた。