棘姫
『ぇ、お母さん、もう帰ってきてるの?』
『あぁ。
仕事昼までだったみたい。お前のこと心配してたぞ』
随分親しい仲のよう。
付き合ってんのか?
あたしにはちょっと意外で、正直驚いた。
まだ付き合ってるかまでは分かんないけど、この子は男に全く興味がないように感じた。
否…男だけじゃない。
今朝、初めて見た時は、全てのモノを拒絶しているように感じた。
この子の瞳は、
必死に何か探していたけれど、何も映してはいなかった。
『じゃ、そろそろ帰るよ』
残念そうな表情で、少女がワンピースの裾に付いた砂を払う。
『後ろ乗ってけよ。送ってくから』
男が自転車を指差した。
『…いい。
2人乗りはしちゃダメなんだよ』
こんなこと言い出す少女はやっぱり純粋。
夕方特有の涼しい風が吹く。
地面の落ち葉が舞った。
まるで…あたしと少女を引き剥がすように流れた風。
『ぁ、またね〜』
少女が振り向き、大きく手を振った。
どうすればいいか分からなくて戸惑うあたし。
少女はまだ手を振ってくれている。
恐らく、あたしが振り返すまで振り続けるんだろうな。
「…また、ね」
渋々手を振り返す。
それを見て微笑んで、少女は帰って行った。
いつも友達にはバイバイと返すのに今日、あたしは"またね"と言った。
名前すら知らないけど…
また会うことなんて出来るんだろうか。
てのひらには貰ったクローバー。
ただの草なのに…あたしは温かい気持ちになった。