棘姫
悩んだ末、あたしは男についていくことにした。
本当は全然そんな気分じゃないんだけれど。
『由愛ちゃん…?』
不思議そうに男があたしを呼ぶ。
「あ、ごめんなさい。
じゃぁ、行きましょうか」
なんとか笑顔を作り、あたしは男に自分の手を伸ばした。
ねぇ、誰か…
お願いです。
こんな愚かなあたしの、この手を握り返して下さい――
『すみません。
貴方より先に俺、この子と約束してたんです』
あたしと男の間に割って入る人影。
――蒼…。
信じられなくて、あたしは蒼の背中を凝視した。
『それじゃ、失礼しますね』
男に穏やかな笑みを向けると、蒼はあたしの手を握った。
夜の冷たい空気に晒されていた手。
蒼の体温が涙が出そうな程温かくて心地いい。
あたしに振り返る隙を与えないかのような、早めの蒼の歩き方。
あたしは何も言わずに、ただ蒼の背中を見つめていた。