棘姫

『もう、大丈夫?』

しばらくして、やっと涙が止まったあたしの顔を、蒼が覗き込んできた。


「ごめん。
いきなり…泣き出して」

指で涙を拭いながら顔をあげる。

『全然。
泣かない方が心配になるよ。体を売るのは…"辛い"の一言じゃ済まないことだから』

蒼は視線を地面へ落とした。




『俺の姉貴も似たような事してる』

初めて会った時、
蒼はこう言っていた。


何故あなたのお姉さんが体を売ってるかなんて、あたしは知らない。

でも、そんなお姉さんを見てきてるから、あたしを心配してくれてるのかもしれない。


"兄はホスト"
とも言っていたね。

兄と姉が揃って夜の仕事。

あたしは何か、大きな理由があるんだと確信した。



この世界に、何も背負わずに生きている人なんていない筈だけど、その抱えているモノにも大きさや重さはあると思う。


一体、蒼は何を背負っているんだろう。

果たしてそれは、一人で抱えきれるモノなのだろうか。





『ねぇ。
土曜日、暇?』

漂っていた湿っぽい雰囲気を、蒼の明るい声が吹き飛ばした。


「特に予定入れてないけど?」

話の先が見えなくて、あたしは首を傾げながら答える。

『マジ?
じゃあさ、俺と――
デートしませんか?』

蒼がニコリと笑った。




「……はッ?
ぇ、デ、デート?!!」

夜の12時を回ろうとしているのにも関わらず、あたしは大声で聞き返す。


デート…。

上手く意味を呑み込めない。何考えてんだ、こいつは!?




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