棘姫
李羽と出会った河原の近くのマンション。
その3階にあたしは住んでいる。
静かに階段を上がり、家の鍵を開けて中へ。
誰もいないから当然真っ暗な部屋。
冷たい空気に迎えられた。
リビングへ行き、急いでストーブをつける。
段々部屋が暖まっていく。
時計へ目をやる。
針は午前1時半を指していた。
まだ、帰ってこないかな…。
あたしはここで一人暮らしをしている訳じゃない。
でも、
あたしには家族がいない。
ついでに言うと、父親と母親の顔を知らない。
あたしはここに、ある女性と2人で暮らしていた。
素直に家族と呼んでいいのか、時々戸惑ってしまうけど。
午前2時を過ぎた頃――
ドアの開く音がした。
半分寝かけていた意識がはっきりする。
リビングのドアが音を立たせないように、静かに開けられた。
「お帰り。
お疲れ、ちぃちゃん」
あたしがまだ起きていたことに驚いたのか、目を丸くしている女性へ微笑みを向ける。
『ただいま…。
って、由愛起きてたの?
寝ててよかったのに』
申し訳なさそうに眉を下げるちぃちゃん。
「なんか寝れなくて起きてただけよ。今、お風呂沸かしてるから」
――ちぃちゃん。
本当の名前は千尋。
あたしの、顔さえ知らない本当の母親の妹。
あたしとは従姉妹になる。
あたしは元々この街で産まれた訳じゃない。
別の街で、梅雨の季節に産まれた。
そして、産まれたのと同じ日に…
母親を亡くした。