棘姫

李羽と出会った河原の近くのマンション。

その3階にあたしは住んでいる。




静かに階段を上がり、家の鍵を開けて中へ。

誰もいないから当然真っ暗な部屋。

冷たい空気に迎えられた。



リビングへ行き、急いでストーブをつける。

段々部屋が暖まっていく。


時計へ目をやる。
針は午前1時半を指していた。

まだ、帰ってこないかな…。




あたしはここで一人暮らしをしている訳じゃない。

でも、
あたしには家族がいない。

ついでに言うと、父親と母親の顔を知らない。


あたしはここに、ある女性と2人で暮らしていた。

素直に家族と呼んでいいのか、時々戸惑ってしまうけど。






午前2時を過ぎた頃――

ドアの開く音がした。

半分寝かけていた意識がはっきりする。




リビングのドアが音を立たせないように、静かに開けられた。


「お帰り。
お疲れ、ちぃちゃん」

あたしがまだ起きていたことに驚いたのか、目を丸くしている女性へ微笑みを向ける。


『ただいま…。
って、由愛起きてたの?
寝ててよかったのに』

申し訳なさそうに眉を下げるちぃちゃん。

「なんか寝れなくて起きてただけよ。今、お風呂沸かしてるから」



――ちぃちゃん。
本当の名前は千尋。

あたしの、顔さえ知らない本当の母親の妹。

あたしとは従姉妹になる。



あたしは元々この街で産まれた訳じゃない。

別の街で、梅雨の季節に産まれた。


そして、産まれたのと同じ日に…



母親を亡くした。


< 75 / 134 >

この作品をシェア

pagetop