棘姫
『由愛?
どうかしたの?』
ちぃちゃんの声で現実に引き戻される。
「…ううん。
気にしないで。
それより、お風呂入っといでよ」
ちぃちゃんの両手を塞いでいたレジ袋を受取り、机の上に置く。
『おっ。
気が利くねぇ。
でも、ちょっとやることあるからさ。由愛まだでしょ?先に入んな』
コートを椅子に掛けながらちぃちゃんは苦笑いした。
「そう。
じゃ、先に入るわ」
『ゆっくりでいいよ』
ちぃちゃんの笑顔を背に、お風呂場へ向かう。
その声は少し疲れているようだった。
お風呂から上がり、濡れている髪をタオルで軽く拭きながらリビングへ戻る。
ドアを開けると、ある用紙を眺め溜め息を零すちぃちゃんがいた。
「ちぃちゃん?
上がったから入んなよ」
声を掛けると、ちぃちゃんは慌てた様子でその用紙を裏返す。
どうしたんだろう?
『ありがと。
…ねぇ、由愛』
あたしを呼ぶちぃちゃんの声はいつになく真剣。
『あたし、今2時位まで働いてるでしょ?でもさ、スーパーのレジで朝方までの店員募集してるとこがあんの。そこに変わろうかな…って思うの。由愛はどう?』
ちぃちゃんは朝早くからこんな夜中まで、いくつかのバイトを掛け持ちしている。
理由は至って単純。
お金がいるから。
ちぃちゃんの母親。
つまり、あたしにとってはおばあちゃんになる人が病気で入院している。
その入院・薬代が結構な額になってしまうらしく、ちぃちゃんはたった一人でそのお金を稼いでいるのだ。