棘姫
気になって隣を見る。
蒼は公園の入り口をじっと見つめていた。
恐らく、当時でも思い出しているんだろう。
『みんな次々に母親が迎えに来てさ、俺はいっつもその幸せそうな背中を見送ってたんだ』
寂しそうに話していく蒼に、あたしも幼い頃の記憶を辿っていく。
夜になり暗くなる幼稚園。
もう園児は帰ったはずの時間帯なのに、その中に一つだけ電気のついた教室がある。
室内では一人の先生と少女が縫いぐるみで遊んでいた。
「あんたの言いたいこと、ちょっと分かるかな。あたしも…いつも見送る側だったからね」
少し皮肉っぽい言い方をすると、蒼は反応したようにこっちを向いた。
「あたしはね、幼稚園で毎日みんなが親と手を繋いで帰るのを見送ってたの。
ちぃちゃんが7時過ぎまで働いてたからさぁ。いつも先生と2人で8時位まで待ってたっけ。
迎えに来てくれた時は…嬉しかったな」
気付いた時には、蒼にこんなことを話していた。
もう10年以上前のことなのに、今でもはっきり思い出せる記憶。
手を繋いで笑いながら帰っていくみんなの後ろ姿。
正直、とても羨ましかった。
顔すら知らない母親を、何度その背中に重ねたんだろう。
先生と遊びながら時計の針が8時を指すのを、ひたすら待ち続けていたっけ。
『ちぃちゃんって…由愛のお母さん?』
蒼は遠慮がちに聞いてくる。
「あぁ、違うよ。
あたし本当の親の顔知らないのよね。ちぃちゃんはあたしの母親の妹。こんなあたしを唯一…見放さないでくれた人」