レガートの扉
社会人生活で養われた落ち着きは、望の態度の変化ひとつで奪われていた。
それが示す本音を話すには、あまりに時が経ち過ぎていた。だから、ずっと諦めようとしていた。
でも、どうして私を見るその目は、あの頃と変わらずに優しいの…?
「律歌から別れ話が出た時、俺もそれが一番だと思ったから。
でもさ、失ってすぐに気づいたんだ」
穏やかな表情で見つめられると、私はもう何も言えなくなっていた。
「絶えず四方をライバルに囲まれて、結果がすべての世界に身を置いているとさ、時々本当の自分まで見失いそうになるんだ。
そんな時にどれだけ、律歌から安らぎを貰っていたのかを思い出してた」
「のぞ、」
「――律歌に会いたくてこのライブも開いたって言ったら、怒る?」
「どういう、」
「律歌の誕生日は来週だけど、平日だろ?
だから、今週にしたんだ。その方が来てくれる可能性も高いと思って」
「な、」
「って言いつつ、誕生日に本人に来て貰えないのは堪えるし、小さい逃げ道作らせて貰ったの。
…ほらね、どうしようもないヤツだろ?いまだに変わってないよなー」
種を明かしたと言わんばかりに苦笑する彼から目を逸らし、震える左手も引いた。