レガートの扉
互いを称えて遠距離を頑張れば、また人生も違っていたのかもしれない。
だけど当時の私はそれさえも考えに及ばない、感情任せに駄々を捏ねる子供だった。
拠点を向こうに置くから結婚して一緒に来て欲しい、という言葉が癇に障ったのだ…。
『私の夢を奪う権利があるの?』
自分の夢に忠実に生きている望を尊敬しつつ、やっぱり羨ましくも感じていた。
だからこそ自分のフィールドで、やりたいことのための努力は怠らなかった。
そうして海外事業部という願いが叶って、喜びもひとしおだったのだ。
会社という組織に身を置くと、異動にプラスとマイナスの意味が働く可能性は誰もが持ち合わせている。
その対象という多勢の中から、自分を必要とされた嬉しさはこの上ない。
それを汲んで貰えなかった苛立ちが、私から彼の立場で物事を考えるという気遣いを奪っていた。
ただ怒りを露わにするだけの私と、頑として意見を譲らない望。
それはどこにも火消しの材料はなく、会えば口論へと発展していた。
『もう別れてよ!望といると疲れるの!』
『ああ。そうするのがベストみたいだな』
決定的なひと言を言い合ったのが、私と彼の関係にエンドを迎えた瞬間――
そして半同棲状態を解消してすぐ、望は音楽の都ウィーンへ向かってしまった……。