レガートの扉


一躍時の人となった望はその端正なルックスと若さから、クラシックに馴染みのなかった人の心をも掴んだ。


暫くして発売された初のソロ·アルバムも、ピアニストとしては異例のセールスを記録した。


ウィーンに拠点を置く彼が日本でライブを行うとなれば、チケットは即日完売。


まさに観客席の少ない今日のライブは、プレミアものといえるだろう……。


「変わってなんか、」

涙を拭った先に映る表情は苦悶に満ちていて、私は彼の片頬にキスを落とす。


「わ、たしも望のアルバム聴きながらずっと頑張れたの。
い、まだから、言える…。ううん、言わせて。――私だってずっと、愛してたよ」

そう言って泣きながら笑えば性急に唇を塞がれ、水音の立つキスが降ってきた。


不思議なほど、忘れられなかったこの感覚。――ずっとずっと、好きで好きで仕方なかった望が愛しい。


だけど、別の道を歩いていた貴方に近づけるわけもなくて。


あまりに華やかな世界へと身を投じた彼に、もう一度トライする勇気も出なかったから…。


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