レガートの扉
喧嘩別れのように離れた望との日々が、どれほど幸せだったのかを痛感させられながら……。
「あのぉー」
すると抱き合う私たちに、ひどく遠慮がちに声が掛かる。
ハッと我に返って望から離れると、周囲は慌てて顔を逸らしているではないか。
「じゃあ、名残惜しいけど、そろそろスタンバイするか」
シレっとした態度で立ち上がる彼をよそに、羞恥に顔を赤らめつつ目を擦る私。
「裏からじゃなくて、ここで見て欲しいんだけど大丈夫?」
「あ、当たり前でしょ。…ここで見てるから、頑張ってね」
笑って返すと、綺麗な手が頭を優しくひと撫でして離れた。
「今日は律歌のためだけに弾くから」
キスの余韻と爽やかな香りを残し、そう言った彼はバックステージへと準備に向かった。
ほんの僅かなやり取りで、私をあっさりと非日常へ駆り立てる。
こうして再び訪れた分岐点に、もう迷う理由はどこにもない。
今度は望とともに、この岐路から歩いていきたいから。
色々と経験を重ねた今だからこそ、2度目は大丈夫な気がするの。