レガートの扉
ちなみに大学時代から仲の良い彼女は去年、結婚を機に事務職を退職。さらにマタママ・ライフ中の専業主婦だ。
「誕生日も出張だよ」
「――また、わざとでしょ?」
その時、それぞれ運ばれてきたランチに会話は一時中断。どちらも美味しそうな香りを立てている。
店員が去ったのを機に彼女に笑って首を振り、静かに手を合わせた。
言われるまで気にもしていなかった私の誕生日は、2週間後の6月24日だ。
確かに今の部署に異動してから、日本でその日を迎えたことはない。…これはまったくの偶然。
そもそも誕生日だから仕事できません、なんて言える環境じゃない。まあ、その反対だから“社員の鏡”としておこう。
「わざわざ照準を合わせられるほど平和じゃないよ」
「それを聞くだけで恐ろしいわ」
「まあ、気にしないで」
とはいえ、3年前の誕生日当日の別れがトラウマと知れているため、誕生日の件はどうも信憑性に欠けるようだ。
「ねえ、これからも仕事一直線のつもり?」
「まあね。確かにムカつくことは山ほどあるけど、今の仕事は努力を裏切らないから。
それだけ大変ではあるけど、その分だけ充実してるの。
おひとりさまって身軽だし、私には合ってるよ」
ツヤツヤの五穀米を口に運んで咀嚼する。その特有の食感に、自然と顔を綻ばせながら答えた。