ワケあり!
 望月桜――いや、広井桜は死んでいない?

 絹は、笑いはしなかったが、怪訝な目は隠しきれなかった。

 子供心に、京がそう思う何かがあったのか。

「でも、確か事故にあって…」

 資料では、そうなっていた。

「あ…知ってんのか…そうか、先生は親父の同級だったな…ああ、おふくろは、車を運転中、ハンドルを切りそこなって電柱に激突した」

 事故の詳しい内容までは知らなかったのだが、随分エキサイトな死に方だ。

「でも、それもありえないはずなんだ…絶対に車を飛ばしたりしないはずなのに」

 100キロ近く、出ていたそうだ。

 普通道路で100キロなんて、スピード狂としか思えない。

 なぜ、桜はそんな無茶な運転をしたのか。

 とても急ぐことがあったか――何かに追われていたか。

「その上、遺体を見てない…」

「それは、京さんが小さかったから見せなかったんじゃ」

 彼の言葉に、すぐに絹は反論した。

 あのチョウの性格を考えれば、そうして当然だ。

「親父も…見てないんだ」

 しかし。

 彼の補足に、絹は動けなくなった。

 何、ですって?

 ありえない話だ。

 夫が、妻の遺体を確認していないなんて。

 普通ならば、本人確認のために、必ず身内が見るはずなのに。

「親父が見たのは、死亡診断書だけ。遺体は、おふくろの実家に取られた」

 発電機を手に持ったまま、京は忌々しそうに目を細める。

 桜の実家――いわゆる、望月家。

 島村の資料では、どういう家柄なのかは分からない。

 不明扱いにされていたからだ。

 少なくとも、広井家よりも遥かに大物。

 京の様子からすると、桜の実家とは親交もなさそうだ。

「お母さんの実家って…?」

 資料にはないが、家族なら知っているかもしれない。

 絹は、ゆっくりと言葉にした。

「それは……」

 京の言葉が、淀んだ瞬間。

「絹さーん、早くしないとお茶さめちゃうよー」

 元気な、邪魔者が入ってしまった。

 さすがに了の前では、この話はできない。

 一瞬、京と暗黙のアイコンタクトを終え、唇を閉ざしたのだった。
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