ワケあり!
 とんでもない話を聞いてしまった。

 お茶の間も、気もそぞろだ。

 桜が生きているかも――しれない。

 全て鵜呑みにするわけにはいかないが、京はそう信じたがっている。

 そんな爆弾を抱えて、彼はいままで生きてきたのだ。

 弟たちに、話すこともできずに。

 だが、おそらく死んでいるだろう。

 それが、絹の見解だった。

 桜が生きていて、自分の意思で動けるというのなら、何がなんでも帰ろうとするはずだ。

 既に、事故が起きて十数年。

 それほど長い間、連絡が途絶えたままなのだ。

 死んでいると考える方が、自然だった。

 たとえ、ウソの死亡診断書を書かせられるほどの、大物がバックにいたとしても。

 冷静な部分とは別に、絹は驚いてもいた。

 京の執念だ。

 最悪の結末を自分の目で確認していないということは、人をこんなにも長く縛り付けるものなのか、と。

 ということは。

 絹は、ゆっくりとお茶を飲むチョウを見た。

 彼もまた、いまだにその事実に縛られているということか。

 京と違って、彼は大人だったのだ。

 もっと細やかに、記憶しているだろう。

「絹さん大丈夫…? なんか元気ないよ」

 了に心配され、絹ははっと表情を正した。

「平気よ…なんともないわ」

 この家は、一見平和そうに仲良く見えるが、亡霊にとり憑かれている。

「ちょっと失礼」

 絹は、お手洗いを装って居間を出た。

 亡霊を探すわけではない。

 あの親子以外にも、亡霊にとり憑かれているかもしれない人間が――ここにはいるのだ。

「すみません」

 絹は、さっき部屋を出たばかりの、年配の女性の使用人に呼びかけた。

 そう。

 彼女を追ってきたのだ。

「お手洗いはどちらでしょう」

 絹は、笑顔で聞いた。

 写真の桜と、同じ微笑を浮かべながら。
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