ワケあり!
「そんなに似ているんですね」

 使用人は、絹にお手洗いの説明をしながらも――目に涙を浮かべていた。

 きっと脳裏には、桜がよぎっているのだ。

「あっ、申し訳ございません…あまり見ないよう言われておりましたのに」

 エプロンの裾で目を拭い、彼女はぺこぺこと頭を下げる。

「いいんですよ…事故で亡くなられたとか、お気の毒です。できれば、お線香を上げたいのですが、案内していただけます?」

 絹がそう言うと、使用人は感激したように、彼女を二階へと案内してくれた。

 チョウの部屋の、反対隣の部屋だった。

 ドアを開けると、一目で女性の部屋だと分かった。

 きっと、桜が生前ここに住んでいたのだ。

 そして――そのままにしていたのだろう。

 そんな部屋に不似合いな、小さな仏壇。

 この家の財力を持っているなら、金ぴかの大きいものでも余裕で買えるだろうに。

 その小ささが、かえってチョウの悲しみの大きさを表している気がした。

 位牌と一緒に、一人で映っている写真が飾ってある。

 名前の通り、桜の舞い散る中で映っている写真だ。

 ん。

 線香を上げながら、絹はその写真を見ていた。

 紅い――桜。

 普通の桜は薄紅なのに、写真の中の桜はえらく赤い。

「お近くに、こんな桜があるんですか?」

 絹は、手を合わせて聞いた。

 後方の使用人が、ぐすっと鼻をすする。

「いえ、それは奥様のご実家の桜だと聞いております…写真もそちらで撮られたものだと」

 それならもしかしたら、撮ったのはチョウではないのかもしれない。

 結婚する時に、桜が一緒に持ってきた写真の可能性があった。

 遺体を返さないような実家だ。

 彼女が結婚後、頻繁に出入りできたとも思えない。

「いつか一緒に、その桜を旦那様と見に行きたいと…それが、奥様のささやかな望みでございました」

 使用人は、すっかり泣き崩れながらも、絹の推理を裏付けてくれた。

 紅い桜ね。

 確かに綺麗だが。

 見ようによっては――血の雨にも見えた。
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