ワケあり!
「驚いた…」

 絹は、笑いながら部室棟に到着した。

 将の放った一言が、五人を仲間割れに導いたのだ。

 皆が、「私が一番」と言い出したのである。

 そのまま、内輪でドロドロの舌戦が始まったので、二人はその隙に逃げ出したのだ。

「よく、あんなうまい言葉を言えるわね」

 将にしては、上出来の知能技だった。

「あぁ…あれね」

 くすっと、何かを思い出したように笑う。

「前に、兄貴の周りにいた女の子たちに同じこと言ったら、とんでもないことになってね…使えるかなって」

 言葉に、絹はもっと笑った。

 その光景が、容易に思い浮かんだのだ。

「兄貴もコリたのか、それ以来、女の人たちを連れ回さなくなったなぁ」

 あの京も、渡部みたいなことをしていた時期もあったのか。

 そう絹が、脳裏の彼に新しい情報をくっつけようとした時。

「誰が…何だって?」

 背後から。

 低く、引きつる声。

 二人同時に、ばっと振り返っていた。

 広井家の長男が、腕組みして突っ立っているではないか。

「あっ、いや…全然っ、普通の世間話」

 将が、無罪を主張するが――まあ、無理だろう。

 おそらく、後半は聞かれているに違いない。

「余計なこと言うな」

 ゴスッ。

 平手で弟の頭を上から抑えつけるように、ぐいぐい重力を加える。

「いて…兄貴いてぇ…何も言ってないって」

 必死で抵抗する将。

 その光景に、絹はくすくすと笑いを止められないでいた。

「京さんが、モテるって話を聞いていただけですよ」

 笑いながら、助け舟を出す。

 あん、と――京の顎がこっちを向いた。

 目が合う。

「こいつも、生意気にも結構モテるぞ」

 頭を抑えている弟を、更にぐりぐりする。

「いて…兄貴…何適当なこと言って…」

 じたばたする弟が、手と言葉に抵抗したが。

「あっ、こんなところにいたんですか」

 後からやってきた宮野の存在が――将の抵抗を台無しにしたのだった。

 確かに、モテているようだ。
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