ワケあり!
「心配してるだろうから、先生に連絡取りたいんだけど」

 渡部に何の意図があるかは、絹には分からない。

 しかし、いきなり命を取る気はなさそうなので、まずはボスに連絡だ。

 拉致される瞬間まで、カメラは生きていたはず。

 発信機も埋め込まれているので、何があっていまどのあたりにいるかは、分かっているだろう。

「おじさんに? ああ、心配しないよう、ちゃんとすぐ電話しといたよ」

 あっけらかーん。

 拉致った人間が、堂々と連絡するのか。

 相手が、同じ裏世界の人間だから出来ることだろう。

 はっ、まさか!

「先生を脅迫してるの?」

 ボスの頭脳を狙っているのかと、絹は思ったのだ。

「なんで? やだよ、そんなめんどくさい」

 パタパタ。

 うちわで、服の襟をひっぱって、渡部は風を入れている。

 その言葉の、軽いこと。

「ちゃんと、明後日には無傷で返すって言っておいたよ」

 紡がれる言葉は、変なことだらけ。

 なんのために拉致ったのか。

 明後日――18日。

 いや、違う。

 重要なのは、明日だ。

 明日は17日。

 そして、ここは京都。

「祇園祭に、なぜ私が招待されるの?」

 絹の慎重な言葉に、彼はにこっと笑った。

「ちょっと、その顔が欲しくなってね…」

 作り物だって知ってるくせに、何を言いだすのか。

 しかし、作り物だと知っているからこそ、女としての身の安全は、確保できている気がした。

 少なくとも、森村の二の舞はない気がする。

「先生は…なんて?」

 反応いかんでは、気合い入れて逃げる方向で考えよう。

 絹は、そんな大事な質問をした。

 渡部は、一度天井を見て。

「なんだったかなー、覚えてないよ」

 あはははは。

 軽やかなる――ウソ笑い。
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