ワケあり!
「天野さんも、祭には来るの?」

 うちわをもらった絹は、開け放たれた座敷に座って、ぼんやりと自分を扇いでいた。

 ぼんやりするしかない暑さなのだ。

 うちわで扇いだ熱は、すぐに華麗にターンして絹の身体に取り付きたがる。

 渡部と争う気も、萎えるほどの暑さ。

 おそるべき――盆地効果。

「アマの名前は出すなよ…なお暑くなる」

 こっちも浴衣に着替え、渡部は無造作に足を投げ出している。

 彼女の存在が、気温上昇と結び付けられ、絹は笑ってしまった。

 確かに、ここで彼女に会ったら、暑苦しい展開になりそうだ。

「しかし…絹ちゃんが。物分りよくて助かったよ。協力してもらえないと、言うことを聞かせるために、頭使わなきゃいけなくなるからなぁ。この暑いのに」

 熱風に乗る、渡部のとぼけた言葉を、絹は右から左に受け流す。

 いちいち、突っ込む気も起きない。

「まあ、お礼だと思って付き合ってよ」

 ニヤニヤ笑いに、絹は億劫に反応する。

「お礼?」

 彼に対して、絹がお礼など覚えるはずがない。

 いまのところ、百害あって一利なし、なのに。

「そう、お礼…君の過去の情報、本当に全部消しといてあげたから」

 おじさんも、甘いよね。

 眉を顰める。

 なぜ、彼はそんなことをしたのか。

 渡部にとって、何の利益にもならないことを。

 恩を着せるためや、好意なんて――ありえない。

 何か意図があるのだ。

「その方が…何か、あなたに都合がいいんだ」

 扇ぐ手が、止まる。

 絹のものも、渡部のものも。

 世界を占めるのは、熱風とセミの声だけになる。

 絹の過去がないと、都合がいいということは。

「他の人に、私の過去を調べられたくないのね」

 セミと不協和音を起こしながら、絹はその世界を破る声を出した。

「ほんとに」

 ゆっくりゆっくりと、渡部が彼女を見る。

「ほんとに…頭がいいね、絹ちゃんは」

 悪党の黒い瞳。

 いまはありがたい、気温を2度下げてくれる色だった。
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