ワケあり!
「さて、出かけようか」

 渡部が、すくっと立ち上がる。

 スポーツをやっている身体に、浴衣が異様に絵になる。

 しかし、口に出された言葉に、素直に従いたくない内容だった。

 この暑いのに。

 それと。

「どこへ?」

 おしゃべりそうに見えて、この男は肝心なところはしゃべらない。

 だが、彼がすることなのだから、この顔を有効利用するつもりだろう。

「どこでもないさ、せっかく祇園祭にきたんだ、観光したいだろ?」

 手を差し伸べられる。

 さあ立って、と甘い微笑でいざなわれるが――絹は、糸目になっていた。

 絶対、アリエナイ。

 それともう一度言おう。

 この暑いのに!!

 しかし、やなっこったという返事は、受け付けない笑顔だ。

 絹は。

 差し伸べられた手をガン無視して、自力で立ち上がった。

 浴衣の裾を直す。

「どんな観光なのやら」

 絹の暗い過去を消し、桜と似た顔で京都を歩かせる。

 予測のひとつとしては。

 この顔を――誰かに見せたい。

 桜の血縁がいるテリトリーだ。

 可能性はある。

「日傘を出させよう」

 差し出した手を、苦笑と共に引っ込めながら、渡部は先を歩き出す。

 死んだ桜にそっくりな自分を見て、「誰か」が驚く。

 驚いて、彼女の素性を調べようとする。

 しかし、謎。

 うーん。

 絹の思考は、そこでストップした。

 この先が、思いつけないのだ。

 どうひねっても、出てこない。

「人が、多いからね」

 下駄を履き、日傘を差した絹に、もう一度手が差し伸べられる。

 彼女は、あらぬ方を見た。

「強情だなぁ」

 手首をとられた。

 絹が強情なら、渡部は――強引だ。
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