ワケあり!
「偉い人の奥さんに…似てるんだ」

 絹は、日傘を回しながら、冷ややかな声を出す。

 さっきの男は、彼女を『お方さま』と呼んだのだ。

 古い表現だが、屋敷の女主人をそう呼ぶ記憶があった。

「先代の奥さんに、似てるらしいよ、絹ちゃんは」

 ふふっ。

 日差しをものともせず、渡部は微笑む。

 さっきの柴田の顔を、思い出しているようだ。

 先代?

 一つ前の当主――織田のことか。

 いまの織田も知らないのだから、先代と言われても、絹にぴんとくるはずがなかった。

 ふぅん。

 先代の嫁と同じ顔で、古くからの部下を驚かそうというのか。

 ん?

 絹は、いま考えたことに、ひっかかった。

 ということは。

「望月桜って…誰の妻になるはずだったの?」

 もう一人、同じ顔がいたのだ。

「そっちに行ったか…ははは、お察しの通り、当代のお館さまだよ。けど、子供ができたことを、ギリギリまで隠してたからなぁ、頭よかったよ、あの女…おかげで、結婚話はご破算」

 本家が気付いた時には、もうほぼ臨月だしな。

 渡部は、おかしくてたまらなそうだ。

「なんで、広井の長男が七月生まれか分かる?」

 明日は、京の誕生日。

 理由なんか、絹が知るはずがない。

 首を横に振る。

「一族は、必ず祇園に顔出ししなくちゃいけなくてね…だからあの人は考えたのさ。妊娠が、ぎりぎりまでバレないようにするためには、祇園の終わったすぐ後から、子作りしなきゃいけないってね」

 大学卒業したら、すぐ嫁入り決まってたから。

 過去の話、だからだろう。

 自分の考えていることの邪魔をしないから、渡部はペラペラと桜の話をするのだ。

 しかし。

 絹には、桜の決意が見えた。

 チョウと結ばれるためには、もう既成事実しかない。

 次の祇園までに、必ず子供を産まなければ。

 そして――京が生まれた。

 母が、京都に行かなくていいように、と。

 親孝行にも、祇園祭の日に生まれたのだ。
< 182 / 337 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop