ワケあり!
「ところで…名前を教えてくれないかなー」

 蒲生に、今更なことを聞かれる。

「渡部さんに、聞いてください」

 しかし、保身のために、絹は答えなかった。

 この男が、誰からか情報を聞きだしてこいと、頼まれていないとも限らない。

 そうでなくても、いろいろ調べられかねなかった。

 渡部自身が、学校で彼女の顔を見てから、全てを調べたように。

 絹は、いまとなっては、 早くこの屋敷から逃れたくてしょうがなかった。

 うっかり、地雷を踏んでしまう前に。

 普通の人間相手なら、どれだけでも絹は戦える。

 しかし、プロ相手ではそうはいかない。

 特殊能力を仕込まれたとしても、彼らは決してあの施設では脱走できなかった。

 絹は、脱走する気なんかなかったが、他の人間を見ていれば分かる。

 新しく連れてこられた人間と、不慮の事故死以外、売られるまで彼らが入れ替わることはなかった。

 あんな悪魔のような教官たちが、織田側にいる。

 彼らが本気で、絹の顔を欲するなら、障害など何もないのだ。

 帰れなくなる。

 それが―― 一番怖い。

「私は、好きでここに来たわけじゃないわ…できれば、早く帰りたいの」

 顔を利用されることを、もっとしっかりと考えるべきだった。

「そうだろうね、オレが君の顔でも、絶対にここには来ないな」

 この家の名前を知ってるなら、な。

 蒲生の言葉が、絹の足に冷たく触れる。
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