ワケあり!
 この男は、鋭利な刃物ではない。

 絹は、蒲生をそう表現した。

 彼は――鈍器だ。

 重く野蛮な、棍棒。

 スマートな切り口も、すばやい一撃でもない。

 しかし、振り下ろされるそれに、一度でも当たれば砕け散る。

 その重さ。

 昼は、仲が良さそうに感じたが、結局は他人同士の織田の部下。

 隙あらば、引きずり下ろそうとしているのか。

「この顔はね」

 顎を取られた。

 蒲生の方を向かされる。

「この顔はね…殿のステータスなんだ…渡部の小僧ごときが、横にはべらせていていいもんじゃない」

 ボンではなく、ついに小僧に落ちた。

「…制服とカバンをお願い、着替えないと」

 顎を取られたまま、絹はまっすぐに彼を見た。

 悪党には違いないが、渡部に対する敵対心は、利用できそうに感じたのだ。

「了解…で、名前は何だい?」

 自分側の手札は見せたのだ、と。

 蒲生は、絹側の手札を出せというのだ。

「…絹……高坂、絹よ」

 ボスからもらった名前を――名乗る。

 にやーっと笑って、蒲生は顎から手を放した。

「オーケィ、絹……お前は頭がいいな。オレの方が勝ち馬だぜ」

 自信満々の顔。

 絹は、その点はノーコメントにした。

 織田の世界で、誰が勝とうが負けようが知ったことではないのだ。

 絹やボスにちょっかいを出すな。

 それだけ。

 身を翻した蒲生が、絹の服とカバンを持って帰ってきたのは、ほんの二分後。

「さぁて…愛の逃避行と行きますか」

 ついたての陰で着替え終えた絹に、彼女の靴をぶらんとさげて見せる。

 それを、縁の下に置いてくれる。

 愛はないわ。

 そう絹は思ったが、構うと面倒くさそうだったので、放置することにした。
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