ワケあり!
「ありがとうございました」

 車から降り、絹は振り返って頭を下げた。

 蒲生も降りていて、車ごしに絹を見送っている。

 とりあえず、思惑はどうあれ、助かったことには違いないのだ。

 将来、同じ口で蒲生を罵ることがあるかもしれないが。

「どういたしましてー、でも貸しにしとく」

 にぃーっと口を横に広げながら、それでも言葉の釘を打ち付けてくる。

 ここで終わりじゃないと、そうはっきりと言っているのだ。

「その貸し、渡部さんにツケといてください」

 絹は、その釘を抜いて、記憶の中の渡部に突き立てて返した。

「オッケー、んじゃ、一緒に小僧を突き落とそう、そん時は誘いにくるぜ」

 あぁ。

 素晴らしきかな、自己解釈。

 自分に都合のいいように、蒲生は言葉をこねくりまわした。

「遠慮しときます、では、おやすみなさい」

 これ以上構っても、頭が痛くなるだけだ。

 絹は、さっくりと言葉を終了して、玄関へと片手をかけた。

「絹に言うこと聞かせるには、誰をいたぶればいいのかな」

 その背中に。

 笑み混じりの声。

 反射的に、絹は振り返っていた。

 車の中の、渡部いじめのようなことを、彼女にふっかけてきたのだ。

「おおっと…いい顔。やっぱその顔は、そうでなくちゃな」

 ニヤニヤと。

 蒲生は、いやな笑いを浮かべると、車の中へと消えた。

 確か。

 前に、渡部も似たようなことを言った気がする。

 思い出すのは、京都の庭。

 裸足の――ぴーこ。

 もしかして。

 本当に渡部や蒲生は、彼女が普通の精神に戻ることを、信じているのだろうか。

 逆に言えば。

 最初から、彼女はああではなかったのかもしれない。

 蒲生は言った。

 ぴーこは、歌うと。

 どうやって、彼女はその歌を覚えたのか。

 動き出す車を、絹は少し呆然としながら見送ってしまった。
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