ワケあり!
「ただいま帰りました」

 こういう時に、なんと言えばいいのか分からない。

 とりあえず絹は、いつもどおりの言葉を使ってみた。

「……」

 ぬうっと顔を出したのは――島村だった。

 何故か、懐かしささえ覚えるのは、京都が長く感じたせいか。

「ボスは?」

 しかし、肝心のボスは出てこない。

 電話でのトーンも、気になっていた。

「いま、研究室の方だ。気にせずに早く寝ろ」

 島村も、いつも通りというには、声の響きが重い。

 絹のいない間に、なにか不幸でも降り掛かったかのように。

 もしかして、脅しで何かされたのだろうか。

 島村を見るが、相変わらず表情が変わらない。

 だめだ、読めない。

「私…何か迷惑かけた?」

 とりあえず、言葉で探ってみる。

 島村は。

「迷惑…と、いうより…後悔だな。その顔にした不利益が、意外に多かっただけだ」

 言いおわると、島村はスタスタと行ってしまった。

 彼もまた、研究室へ行くのだろう。

 絹は、島村の言葉を噛み砕くので忙しかった。

 迷惑というより、後悔と。

 顔を決めて変えたのは、ボスだ。

 島村は、ただ助手をしただけ。

 と、いうことは。

 後悔しているのは――ボス。

 桜の氏素性に興味を持たず、調査しないまま安易に顔を作り替えたことへの。

 絹は、歩き出した。

 自分の部屋に、だ。

 ボスは、科学者で。

 彼は、後悔でグダグダ悩んだりしない。

 それをきっと科学でフォローするだろう。

 ならば。

 絹は、次のボスの指示を待てばいい。

 素直に、寝ることにした。

 いまは、それが自分に出来る大事なことなのだから。
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