ワケあり!
「こっちこっちー」

 階段を駆け上る了。

 彼女の使う部屋に、案内してくれようとしているのだ。

「一番右端の部屋だよ」

 将が、うっすら笑いながら、案内より先に場所をバラしてしまう。

「了の部屋の隣だから、甘やかして部屋に入れないようにね」

 そして。

 立派な釘が、サックリ刺される。

「ええそうね、誰も入れないことにするわ」

 クスクス、と。

 少し調子を戻しながら、将に切り返した。

「うん、そのくらいでいいよ」

 なのに。

 京とは、また違う反応。

 やわらかく、にこっと笑われると――絹の方が、戸惑ってしまいそうだ。

「いい人」は、変わっていないはずなのに、妙な貫禄が困る。

「あ、お父さんは? ご挨拶しないと」

 部屋に入るより先に、お世話になる挨拶をしなければ。

 カメラもマイクもばっちり。

 チョウを、ボスに見せるいいチャンスだ。

「ああ、いま仕事行ってる。夜だろうね、帰ってくるの」

 一応、土曜日なのだが、社長は気軽に休むわけにはいかないのか。

「あ、そうそう。仕事で思い出した」

 階段の途中。

 将が、こっちを見た。

「うちの家、夏休みの半分は、親父の会社でアルバイトすることになるんだけど…絹さんも一緒にどう?」

 は?

 さらりと長文を言われて、絹は一瞬飲み込めなかった。

「行きも帰りもオレ達と一緒だし、本社はIDカードのいるセキュリティだから、うちにいるのと同じくらい安全だよ」

 そして、再び長文でたたみかけられる。

 ああ、そう、アルバイト、アルバイトね。

 やっとそれを飲み込んで、絹は納得した。

 さすが、広井家。

 息子三人の労働力を、無駄にはしていないようだ。

「ええ、勿論働かせてもらうわ」

 置いてもらって、働きたくないなんて言えるはずがない。

 絹にしても、家の中でじっとしているより、遥かに気分がいい。

 そう。

 やはり、安全に人並みに活動したいと思ったら――「人手」がいるのだ。

 ボスの言っていた言葉が、ふっと甦った。
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