ワケあり!
 広いダイニング。

 そのテーブルの上には――

「何で、この暑いのに鍋なんだよ」

 京が、呆れた声でつっこむ。

「親睦を深めるには、鍋パーティに決まってるじゃないか」

 だが、チョウはまったく動じず、自分の主張を並べるのだ。

「片付け終わったーパパ、おかえりー…って、なべー!?」

 遅れて駆け込んできた了も、最後の声が裏返る。

「鍋、いいじゃん。オレ、暑くても鍋食べられるよ」

 そして。

 嫌がる理由が分からない男が、もう一人。

 いや、彼の空気読破センスを考えると、分かってはいるはずだ。

 ただ、この場面では父親側につくことに決めたのだろう。

「どうせ、一日クーラーの中で過ごしたんだろ…夏はちゃんと汗をかけ」

 結局。

 チョウの、父親としての権威は素晴らしかった。

 不満を言っていた二人も、ぴたりと黙ったのだ。

「さあ、具を入れるぞ…鍋奉行は父さんだ」

 ワイシャツの袖をまくりあげ、チョウはやる気を見せた。

 絹は――この辺で、やっと広井家のテンションに慣れはじめる。

 さっきまでは、ただ広井劇場を見るので精一杯だったのだ。

 これは。

 人の家庭に入り込むというのは、こんなにも戸惑うものなのか。

 ボスや島村との生活は、とても「家庭」なんて言葉は使えないので、戸惑いも半端ではなかったのだ。

「絹さん、鍋は好き?」

 一言もしゃべらない彼女に、将が聞く。

「えっ…ええ、好きよ」

 慌てて返事をするが――かなりの部分で嘘だった。

 こんな家族的な鍋など。

 もう、覚えてはいなかった。
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