ワケあり!
 部屋に戻って、絹は一言。

「切りますね」

 ペンのスイッチを落とした。

 ちゃんと、ボスは見てくれただろうか。

 大好きなチョウを。

 コンコン。

 ノックされて、絹は慌てた。

「はい?」

 また、了だろうか。

「お風呂のご説明に参りました」

 女性の声だが、少し若い。

 この家で、雇われているのは五人。

 運転手の男性が二人と、家を取り仕切っている年配の男性が一人。

 桜のことを教えてくれた、年配の女性が一人。

 後一人は。

「はい、お願いします」

 絹がドアを開けると、予想どおりの最後の一人だ。

 二十代後半くらいの、しっかりして見える女性。

「各部屋にバスはありませんので、高坂様は二階のゲストバスルームをお使いください」

 ちょうど、絹の斜め向かいのドアを指し示す。

「ぼっちゃま方は、出入りなさらないよう釘を刺されてますから、安心してお使いください」

 くすっと。

 釘を刺されているシーンを、見たに違いない。

 真面目な表情が、少し緩んだ。

「いつでも、お湯は出ますので…あ、それから」

 表情を再び真面目にもどしながら、彼女は絹の方へ向き直った。

「男性には言いづらいことは、遠慮なく私におっしゃってください」

 てきぱきっ。

 ちょっと角張った感じはするが、逆に言えば頼もしい。

「お買物などの時は、私がボディガードも努めさせていただきます」

 挙げ句。

 どういう指示を受けているのか、ボディガードなどと言いだす。

 逆に危ないのではと、心配になった絹だったが。

「空手、剣道、合気道…すべて三段ですので、安心してお任せください」

 彼女は――大きな手を、見せてくれた。
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