ワケあり!
「高坂巧さまがおいでになられたので、お知らせするよう言われて参りました」

 その安堵が、一瞬にしてひっくり返る。

 自分の心臓が、激しく飛び跳ねたのだ。

「先生が!?」

 この瞬間の、絹の裸の目を――きっと、アキには見られてしまったことだろう。

 しかし、それに構っていられる心情ではなかったのである。

「いま朝様とお話中です…終わったら、また呼びに参ります」

 既に、アキの言葉は絹の耳を素通りしていった。

 本人が来たのだ。

 目の前にして、ちゃんと話が聞きたかった。

 絹に用事があったワケではない。

 それは、分かっている。

 チョウのおまけでもいいのだ。

 とにかく、無事をこの目で見たい。

「では…後ほど」

 ドアが閉ざされても、絹の心臓はすぐにはおさまらなかった。
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