ワケあり!
 絹は、どう答えればいいのだろうか。

 ボスが話していないことならば、彼女もきっと話すべきではない。

 絹は、ゆっくりと目を開けた。

 右手に、チョウの瞳がある。

 深くやさしい瞳だ。

「巧の様子がおかしかったから、巧の過去を調べてしまったんだ、おじさんは…」

 悪いおじさんだね。

「そうしたら、渡部建設が出てきたよ…『織田』も、出てきた」

 ゆったりとしたチョウの言葉が――痛い。

 死んだ妻を、踏みしめているような音がするのだ。

「まさか、巧が織田の血筋だとは思わなかったよ…でもね、それで何故絹さんが危険なのか…分かった気がした」

 チョウは、経験で知っている。

 妻の桜が、どこまで彼に話したかはしらない。

 しかし、彼女が命を落としてしまうほど、追い回す連中だということは、よく知っているはずだ。

「おじさんに…君を守らせてもらえないかな?」

 くらっと。

 絹が、目眩を覚えるほどの吐息の声。

 色はない。

 でも、心がそこには残されていた。

 桜を守れなかったという心が。

 絹は――立ち上がった。

 心の中には、葛藤がある。

 彼女の持つ、この顔のせいだ。

 絹は、初めてこの顔に嫉妬した。

 チョウに愛され、織田に必要とされる顔。

 それにそっくりな、まがいものの自分。

 絹は、この顔をボスのために利用してきた。

 しかし、本当はこの顔に振り回されていただけだ。

「私に…」

 声が、震えた。

 それを噛み締め、ドアへと向かう。

「私に…守ってもらう価値などありません」

 ああ。

 なんて憎い――この顔。
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