ワケあり!
「気分が乗らないなら、無理しないほうがよいですよ」

 翌朝の稽古中、アキがそう言って組むのを止めた。

 絹は、ふぅと息を吐く。

 昨日は、あまり眠れなかった。

 自暴自棄になりそうな自分と戦っていたら、朝になっていたのだ。

 身体も心も、ずしっと重い。

「昨日いらっしゃった保護者の方も…暗い目をしておいででしたね」

 絹の不調の原因が、ボスにあると見られたのだろう。

 彼女は、チョウとの話は聞いていないから、そう思って当然だ。

 確かに、半分はそう。

 ボスや島村に遠ざけられると、絹にはもう居場所がなくなる。

 広井家では、このまがいものの顔がのさばり、自分を殺すのだ。

「織田、って聞いたことあります?」

 絹は、ぽつりと言った。

「…信長しか知りません」

 ボスでもなく、チョウでもなく――まったくの部外者のアキ。

 この顔にも、死んだ桜にもまどわされない者。

 誰かに、少しでも吐き出さなければ、内側から自分が壊れそうな気持ちに、絹は逆らえなかった。

「織田っていう悪者が…この顔を利用したがってるんです」

 絹は、つくりものの自分の顔に触れた。

「理由が、過去の織田の嫁とよく似ているから…ただ、それだけですよ」

 時代錯誤も、はなはだしい。

 顔が同じでも、中身はまったく違うというのに。

 桜はあらがって死に、ぴーこはただ生かされている。

 絹は、本来ならその枠には入らない。

 まがいものだからだ。

 しかし、その記録は渡部に消された。

 あたかも、最初から絹がこの顔であったかのように仕組まれたのだ。

 彼女を、巻き込むために。
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