ワケあり!
 居間にいたのは、島村だけだった。

「ボスは?」

 久しぶりに、自分の声がボスと音にした。

 外では「先生」と呼ぶせいだ。

 絹の唇には、ボスの方がしっくりくる。

「京都だ」

 忌まわしい地名が出てきた。

 やはりボスは、織田のところか。

「情報がとびとびなの…私が拉致されたあたりから。話してくれない?」

 島村が待っていた、ということは、話をする気が多少なりともあるということだ。

 しかし、すぐに彼は返事はしなかった。

 ボスに止められているのかもしれないし、彼自身、話すことに迷いがあるのかもしれない。

「石橋、という人の弟子だったところまでは…聞いたわ」

 その名前に――島村の目が、反応した。

 蒲生への電話は、自室からかけたので、カメラは切っていた。

 会話の内容を、他の人間は知らないのだ。

「石橋という科学者は…」

 ずっしりと。

 そんな重さで、彼は唇を開いた。

「死ぬまで、トレーサーという装置の開発をしていた」

 聞きなれない横文字が出る。

「人の身体を複製するには、クローン技術がある。しかし、これは単に同じDNAの『身体』を作るだけだ」

 ズシン、ズシンと――ゆっくりと重い足取りが、地面を踏みしめる感じがした。

「トレーサーというのは、『ここ』を複製する技術だ」

 島村の指が。

 静かに。

 自分の。

 こめかみを。

 指した。
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