ワケあり!
「京さん、か」

 天文部では、暗幕を閉めて、小さなプラネタリウム装置で夜空を楽しめる。

 天井にドーム状の天幕が用意される本格派だ。

 朝の会社で作った、寄贈品と聞かされた。

 そんな暗がりの中、隣の将がぽつりと兄の名を呟いたのだ。

 しかも、弟としては変な呼び方で。

 右は了、左が将。

 京は、少し離れた向かい側に座っている。

「なんで、兄貴だけ名前で呼ぶんだ?」

 ぼそぼそ。

 部長が、初夏の星座の解説を始めている。

 それでも聞こえるということは、絹の耳のそばでしゃべっているのだろう。

 マイクは、ちゃんと声を拾えているだろうか。

 ふーん。

 『広井くん』という、呼ばれ方が気に入らないようだ。

 ふっ。

 暗がりで、絹は微笑んでいた。

 この暗がりなら、彼女の内側の暗さも目立たない。

 クラスでは、一番絹と仲のいい将。

 しかし、兄弟の中で一番でないのが、不満なのだろう。

 昨日は、彼の知らないところで、京と出会い、親しくなり、帰りに送ってもらうことになったのだ。

 その事実も、不満を上乗せしているのだ。

「『将くん』と、呼んでもいいの?」

 彼の方を向き、囁く。

 ドス黒い吐息を闇に紛らわせて。

 少しの沈黙。

「う、うん」

 暗闇の中の、秘密の出来事。

 反対側で、了が絹の腕を抱えてきた。

 頭を、そっと撫でてやる。

 この子は、『了くん』だな、と思いながら。
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