ワケあり!
「音、ちゃんと拾えてましたー?」

 玄関に入り靴を脱ぎながら、絹はただいまより先に、気になっていたことを聞いた。

 居間のボスが、黙ってVサインしていたので、ばっちりのようだ。

 しかし、昨日までのようにはしゃいでいないので、たいして喜んではいないのか。

 残念に思っていると。

 島村に、静かにというゼスチャーをされる。

 唇の前に、人差し指を立てるそれ。

 よく見ると、ボスはヘッドホンをはめている。

 何か聞いているので、邪魔するな、ということか。

「なに聞いてるの?」

 島村に近付き、小声で囁く。

 彼も同じように声をひそめて。

「次男坊の囁き声を、エンドレスで聞いてる」

 ヘッドホンが、雰囲気出るんだそうだ。

 は、はあ、さいで。

「ふ、ふふふ…」

 よく聞くと、小さい声でボスは笑っていた。

 夜中に聞いたらホラーなその声も、いまの絹には仕事の満足感を与えてくれる。

「あ…そうだ…カメラ、暗がりでも大丈夫?」

 それは、本当に島村に囁いただけの声だったのに。

 ばっ!

 動いたのは、ボスだった。

 既に引き伸ばされ、パネルになった写真が出されるのだ。

 映っているのは――京。

 普通の写真よりは暗めだが、それがより彼の雰囲気を引き立てている。

 あの暗がりで、これほどの性能なら、申し分ないだろう。

 さすがは、ボスが作ったものだけはある。

 パネルの京は、こっちを睨んでいるように見えた。

 こっち。

 そう。

 絹と、二人の兄弟のいる方。

 暗がりで、見えないものを見ようとしていたのか――何か、見えていたのか。
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