ワケあり!
 銃声は──聞こえなかった。

 何かが、飛び出したせいだ。

 泥と埃で汚れた袴が、刀を持つ腕を蹴り上げていた。

 ア、キ、さん。

「ハァァァァッ!!!」

「それ」が支配していた空気が。

 砕け散る。

 いや。もっと重い破壊。

 冷たく分厚い、そして灰色で無慈悲なコンクリートの塊を、アキは止まることなく砕き続けた。

 怒りはあるが、憎しみはない拳。

 刃でも、鉛弾でもなく、人の体温を持った体。

 一番、「それ」の存在と対極にある力。

 その力が、ただひたすらに、北風の王を打ち据える。

 ふわっと。

 彼女の袴の裾が、熱風に翻った後。

 振り上げた足が、「それ」を地に蹴り落としていた。

 ドォンっと。

 大きな音があがる。

 蹴りの音でも、落ちた音でもない。

 火に耐え切れず、建物の梁が燃え落ちた音だ。

 アキは、一瞬の迷いもなかった。

 足元の「それ」を見やることもせず、動けない桜をそこから抱え出してくる。

 そして。

 そして、その身を──将へと受け渡すのだ。

 彼女の血はアキを汚し、そして将を汚した。

 絹は、へたりこんだまま、後方のその光景を振り返っていた。

 見えない線が、引かれているのが分かる。

 絹の入ってはいけない、血のサークルの中に彼らはいる。

「朝…朝……」

 もはや、桜の目はうつろだった。

 指先も顔色も、青ではなく白。

 パチっと、火の粉が降る。

 絹は、顔を上げた。

 飛び火したのだろう。

 庭の大きな木が、葉や枝を燃やしている。

 それが、彼らの側に不思議な火の粉を散らすのだ。

 はらり、はらりと。

「あれが…血桜よ……きれいでしょ。やっとあなたに見せられた…」

 微笑む、桜。

 花など、どこにもないのに。
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