ワケあり!
「あなたも、桜?」

 教室に入ると――絹がいた。

 いや、絹は自分のはずだ。

「もう、あなたで30人目よ、いやになる」

 見ると、教室中にこの顔が溢れていた。

 ああ。

 絹のコピーではなく、桜のコピーか。

 遠い感覚で、そう思う。

「クローンの身体に、トレースの心で、いくらでも作れちゃうから、すっかり価値が下がったわ」

 整形しようかしら。

 コピーの言い様に、絹はつい笑ってしまった。

 整形して、この顔になった自分の前で言われたからだ。

 自分の意思ではなかった。

 ある人の、ほんの悪戯心。

 笑ったら、ずぅんと身体が重たくなった。

 床に、足が沈み込んで行く。

「あら、あなたはもっと下に行くのね…ごきげんよう」

 腰まで沈み、そのまま上半身を一気に飲み込まれた。

 暗いところ。

 沈んでいきながら、絹は頭上に星がまたたいているのに気づいた。

 無意識に、さそり座を探す。

 赤い──星。

 またたくアンタレスを見つけて、絹は手を伸ばそうとした。

 何故だろう。

 その星とは、まったく無関係なはずの、両親の顔が見える。

 ずっとずっと昔に、死んでしまった人の顔。

 なんだろう。

 この感覚は。

 アレに似ている。

 そう── あの人にもらった、星の写真を見た時の感覚。

 ちぐはぐな感覚だと、思った。

 死んだ両親と、さそり座なんて関係ない。

 なのに、涙が出た。

 死んだ人が、お星さまになるなんて、そんなメルヘンな感覚など持っていないはずなのに。

 その星も、遠く遠く掠れていく。

 絹は沈み続ける。

 このまま──奈落までいくのだろうか。
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