ワケあり!
「あかんあかん…話がそれてもうた」

 お弁当のふたを開けながら、天野が話を元に戻そうとする。

 戻せないのは、絹だ。

 しかし、もはや話の流れは別方向へ。

「それより…高坂さん、あんたやない?」

 絹に、お弁当を開けるよう箸で促される。

「何が、ですか?」

 すでに胸がいっぱいな気分を味わいながら、絹も昼食へと取り掛かった。

「あんたが、あのバカの腕、斬り落としたん?」

 カシャーン。

 箸を――取り落とした。

 はぁ?

 天野の中では、一体どんな想像が走っていったのか。

「ありゃ、その顔はハズレやね…ごめんごめん、箸落としてもたな」

 謝るところは、箸なのか。

 絹は、それを拾い上げた。

 小さな手洗い場があるので、そこで洗うことにする。

 頭の中は、さっきの話でいっぱいだった。

 天野は、渡部の右腕について思うところがあるのか。

「本人に聞いた方が、早くないですか?」

 きれいになった箸を持って戻りながら、絹は提案してみた。

「犬に噛まれたしか言わへん」

 ああ。

 不謹慎なことだが。

 笑いかけてしまった。

 確かに、絹にもそうとしか言わなかったのだ。

 事情を知らない天野が、それですぐ森村とつなげられるはずがなかった。

「夏休み終わってみたら、あのバカは片腕になっとるし、森村は行方不明。あんたは入院やろ?」

 ウィンナーに箸を突き立てながら、天野はため息をつく。

 だから、絹が質問されたわけか。

 行方不明の森村には、聞きようがないだろうから。

「気になります?」

 多分、入院先を尋ねにきたのも、渡部の腕が原因だろう。

「そらな、くされ縁やけど、長い付き合いやし…」

 天野の唇が、少し淀んだ。

「あのバカは、尻軽でド悪党な奴やけど…テニスだけは妙に真面目やったし」

 重く、彼女の口は閉ざされた。

 そんなド悪党でも――心配してしまうのか。
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