ワケあり!
「ただいま帰りました」

 盛りだくさんの、復学一日目だった。

 いろんな意味で疲労感を覚えながら、絹は帰宅する。

 自分がいない間にも、時が動いて他の人たちが生活を続けていたのだと、今日の怒涛の情報で、いやというほど思い知らされた。

 自分と同じように、自分と違うことを考え、思い、動く。

 ただの、脳活動の副産物。

 それは分かっているのに、確かに今、そこにある個性。

「ああ、絹」

 居間にいくと、ボスがいた。

 まだ、多少動きに制限はあるものの、とりあえず彼も日常に戻りつつある。

「なんでしょう」

 少し、ボスとの間の空気が穏やかになった気がする。

 ボスがもう絹を駒として使う気がない、というのを感じたからだろう。

 それは、確かに寂しいことでもある。

 最初の頃なら、その事実に絹は絶望したかもしれない。

 自分は、不要なのだと。

 そういう形でしか、人から必要とされないと思っていたせいだ。

 だが。

 形のないものが、あの時確かに見えた。

 自分の何もかもを知るボスが、「それ」を思ってくれた。

 女嫌いでもある彼が。

 その事実の大きさを、絹はしっかりとかみ締めたのだ。

「それ」は、不安定だった彼女に足場を作った。

 しっかりと足元を固め、ぐらつかずに立てるようになった。

 その上で見る景色は──どれも鮮やかで。

 いままで、同じものを見ていたのかと驚くほどだ。

 嫌われてはいけないと着込んでいた、厚い猫を脱ぎ捨て、絹は身軽になる。

 それでも、広井兄弟は離れていかなかった。

 気がついたら、絹にとっては楽園のような場所になっている。

 モグラだった彼女が、地上でお日様を浴びているのだ。

 まだ、少し落ち着かない。

 しかし、しっかりした足場が、絹を支えてくれる。

 いつか。

 ここを出て行く日が来ても、大丈夫だと自分が感じるほど。

「今夜広井家で、快気祝いをしてくれるそうだ。支度をしなさい」

 車の中で、兄弟は何も言わなかった。

 変な秘密を持つものだ。

 くすっと、絹は笑う。

「はい、すぐ支度します」
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