ワケあり!
「あ、絹さん!」

 学校に到着し、車を降りた彼女を、了が捕まえる。

 すっかり、ご機嫌は直っていた。

「絹さん、お昼学食だよね?」

 降りてくる兄たちに聞かれないようにか、小声で囁かれる。

「そう…だけど」

 情報の速い末っ子に、絹は少し驚いていた。

 あなどれないな、と。

「中等部と高等部の校舎の間に、広場があるでしょ? お昼休みにそこにきて。お弁当、一個余計に作ってもらったんだ」

 近づく兄たちの気配に、了は猛烈な早口でまくしたて――約束だよ、と言って、ダッシュで逃げて行った。

 まだ絹は、何の返事もしていないというのに。

 しかも、お弁当を彼女の分まで、用意していると。

 昨日から、こんなことを計画していたのか。

「なんか、了に変なこと言われてない?」

 近づいてきた将が、走り去る弟の背中を、怪しげに見つめている。

「あいつの浅知恵なんて、可愛いもんだ…ほっとけ」

 すたすたと、先に歩みを進める京。

「いえ、変なことは、何も」

 京は行ってしまったので、必然的に将と並んで歩くことになる。

「ならいいけど…あいつ、時々後先考えないことするから」

 お兄ちゃんと言う生きものは、苦労するのか。

 ぼやく将に、薄く微笑む。

 兄弟の真ん中で、個性を出し損ねたのか、将は二人に比べるとインパクトが弱い。

 このままだと、いいとこなしになるわよ。

 心で、将に発破をかける。

 ボスが一番気に入ってる彼には、もうちょっと頑張って欲しかったのだ。

「私には兄弟がいないから、弟ができたみたいで楽しいです」

 だから、少しサービス。

 了は、恋愛対象ではないと、ほのめかすのだ。

「そ、そっか」

 分かりやすく、安堵した表情を浮かべる将。

 ここで、安堵してしまうのが――彼の甘さだ。

 人の心なんて、あっという間に変わっていくというのに。
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