ワケあり!
「すみません、仕事が長引いて…」

 猛烈に乱れた状態で飛び込んで来たと言うのに、彼は背広とネクタイを入り口で整え、両手で髪を押さえて、取り繕う素振りを見せた。

 ああ。

 絹は、異様に懐かしい気持ちを味わった。

 もしも、将と20年後に再会したら、きっとこんな気持ちを味わうのだろう。

 ボスの言う通り、彼は一番将と似ていたのだ。

 彼から子供の輪郭を削り、穏やかな年齢のシワを刻めば、きっとこう。

 しかし、あんな勢いで応接室のドアを開けるなんて、ヤンチャの血は抜けきってはいないようだ。

 中から、皆に見られていることに気づいたのか、チョウはゴホンと咳払いをして。

 だが。

 その動きが――止まった。

 将を見て、ではない。

 絹を見て、だ。

 そうよね。

 その点だけは、彼女も覚悟はしていた。

 亡くなった愛妻にそっくりに作られたのだから、驚いてもしょうがないだろう。

 しかし、いまの絹の気持ちとしては、ボスを見て驚いて欲しかった。

 苦しいジレンマだ。

「広井さん…どうぞ」

 止まったままのチョウに、教師がソファを勧める。

「あ、はい…え…えー! 巧!? お前、巧か!?」
 
 我に返りかけたチョウは、しかし、次に絹の保護者を見て大きく驚いたのだ。

 父の驚愕ぶりに、息子も目をむいていた。

「久しぶりだな」

 ボスが。

 絹は、胸がじーんとしていた。

 ボスが、チョウに話しかけたのだ。

 彼こそ、いま泣きたいほど嬉しいだろう。

 自分を認識し、驚いている事実に。

 しかし、チョウの言葉に嫌悪の色などはなかった。

「なんだ、お前か。久しぶりだな、元気してたか? 全然連絡も寄越さないで…」

 ざくざくと淀みなくボスに歩みより、強引に握手をし、肩を叩く。

 仲のよかった旧友への動きだった。

 そのまま、積もる話に突っ走ろうとする勢いを――教師の咳払いが止めた。

「えー…すみません、そちらの話は後で」

 この瞬間、絹とボスの教師に対する気持ちは、同じだっただろう。

 お前――邪魔。
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