ワケあり!
「あ、いや、お嬢さん…そんなつもりでは」

 絹に聞かれていた事実と、それで旧友を傷つけたかもしれないことで、チョウは戸惑った顔をしている。

 早く。

 絹は思った。

 早く、ボスを元気にして!

 彼女ではなく、チョウならそれが出来る。

 言葉を失ったボスを、早く引っ張り上げて欲しかった。

「すまん、巧。お前も、桜を忘れないでいてくれたんだな…ありがとう」

 だが。

 やや、逆効果な言葉を吐く。

 その名前を、ボスは聞きたくないだろうに。

「いや…いいんだ。葬式にも行けなくて、すまなかった」

 しかし、ようやく自分を取り戻してきたのか、ボスが意思を感じる動きをした。

 それから、支えようとする絹の身体を離す。

 彼女は、それに素直に従った。

 ボスが大丈夫というのなら、それでいいのだ。

「一体、二十年…音沙汰もなく、お前は何をしてたんだ」

 ぽんぽん。

 しっかりしろという風に、チョウに腕を叩かれる。

 ボスは、その腕を見た後、彼を見た。

「ずっと…ずっと研究をしていた」

 ふぅと、息を吐き――彼は言う。

 高坂巧の人生を、ややオブラートをかけた形で話すのだ。

 ああ。

 絹は、そっとボスから離れた。

 そして、将の方へと向かう。

 もう大丈夫そうだ、と。

 これからきっと、懐かしい昔話が始まるのだ。

「絹さん…」

 将の腕を取って、先を促す。

「部活に行きましょ…将くん」

 二人きりで、どこかでゆっくり話しをしてくれるといい。

 絹は、そう願っていた。

「あ、ああ…じゃあ、父さん…今日はありがと」

「先生…ありがとう」

 だから、お邪魔虫は退散だ。

 チョウの前にいるには、この顔は――邪魔すぎる。
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