ワケあり!
 ぼーーー。

 今日、ボスは絹よりも遅く帰ってきた。

 そのまま何もしゃべらず、居間のソファにひっくり返ると、魂が抜け落ちたように天井を見上げている。

 今日一日の出来事を、まだ処理しきれずにいるようだった。

 そんなボスの前に、島村がてきぱきと夕食を並べている。

 しかし、手をつける様子もなく、長く長くぼんやりとしていた。

 絹と違って、ボスが一体チョウとどんな話をしてきたのか、他が覗き見ることは出来ない。

「先生…食事をしてください」

 島村が、ついにしびれを切らして、言葉で言った。

 一応、今日何があったのか、彼も理解はしているだろう。

 しかし、その気持ちを理解したり、共感したりは出来ないのだ。

「あ、ああ…しかし、胸がいっぱいだ」

 ようやく、少し地に足をつけたようだが、ボスは胸を押さえている。

「話…ゆっくり出来ました?」

 邪魔をしないように離れていたが、ずっと絹はそれを気にしていた。

 彼女の言葉に。

 ボスの頬が、ゆっくりとバラ色に染まるではないか。

「話したというか、聞きだしたというか、話させられたというか…」

 もじもじし始める彼は――40前で、しかも男だ。

 だが、この一瞬だけは、まるでオトメのようだった。

 絹の方が、よほどその感覚は欠落しているので、島村と同じく共感や同調は出来ない。

 ただ。

 いまのボスの表情を見る限り、とても幸せだったのは伝わってくる。

「そうですか…よかったですね」

 だから、絹も嬉しい。

 20年ぶりのコンタクトは、うまくいったのだ。

 それに。

 彼女のでしゃばった言葉を、ボスは注意しなかった。

 フェイクは入っているが、核心に近い話まで、今日は彼らの前でしてしまったというのに。

 絹も、必死だったのだ。

 反応を間違えれば、チョウのボスへの態度が、変なものになってしまいそうで。

 大波を、無事に乗り越えられたことを、絹は喜んでいた。

「連絡先の交換は、しました?」

 彼女の言葉に、ボスは慌てて胸ポケットから携帯電話を出して、中を確認しているようだ。

 そして、ほぉっと深い安堵のため息をついたのだった。
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