ワケあり!
「高坂さんって…すごいわね」

 更衣室事件直後の体育で、委員長に言われた。

 二人一組で、柔軟体操をしている時だ。

「もっと、おとなしい人だと思ってたわ」

 絹は、苦笑するしかない。

 そっちの方が地に近いとは、言いづらいのだ。

「職員室で、高尾くんをひっぱたいた話を聞いた時は、信じられなかったけど…この分じゃ本当ね」

 更に、前の話も蒸し返されてきた。

 侮れない情報網である。

 絹は、言葉で答えられないまま。

 黙っていることが、何よりの肯定になるだろうが。

「でも、取り澄ましてるよりは、ずっと面白いわよ」

 絹の身体を、ぎゅうっと後ろから押しつぶす委員長。

 絹の上半身が、ぺたりと足にくっつけられてしまう強さだ。

「あ、やっぱり…」

 委員長が、絹をつぶしたまま呟く。

「高坂さん、本当は運動神経いいでしょ。さっきのダッシュもすごかったし、身体もやわらかい」

 この間の50m、手を抜いたのね。

 鋭い読みに、絹は遠い目をしたくなった。

「普通です…それに、運動部にも興味ないですから」

 絹は、変な興味を抱かれたくなかった。

 彼女の仕事は、決まっているのだ。

「えー残念…うちのテニス部に誘いたかったのに」

 委員長が、笑いながら言う。

 心なしか、言葉が崩れてきている。

 ほんの少し、距離が縮まったような。

 位置を入れ替え、今度は絹が委員長をつぶしてやる。

「待って待って…私、そんなに柔らかくないから…」

 ぎゅう。

 あわてる委員長をそのままに力を加えながら――絹は、くすくす笑っていた。

 何だか、笑いたくなったのだ。

 カメラの回っていない、ささやかな絹の一瞬だった。
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