ワケあり!
「ただいまー」

 いろいろあったが、楽しい観測会だった。

 今日はボスも一緒だったので、寝こけることなく、絹は無事帰宅したのだ。

「おかえりなさい、先生」

 島村が、玄関まで出迎える。

「……」

 しかし、その先生は――ふわふわした足取りのまま、荷物を玄関に置いて自室へと去っていってしまった。

 いま口を開くと、チョウの記憶がこぼれ落ちてしまうとでも、思っているに違いない。

 しょうがなく、絹は望遠鏡の入っているバッグを持ち上げようとした。

「…」

 こっちも無言の男が、そのバッグを絹から奪う。

「商品化なんて、とんでもないな」

 島村は、ぼそりと言った。

 ああ。

 丘の上で、感心した京の言葉に、ひっかかっているのか。

「ボスをほめてるのよ」

 彼の家は、電気屋だ。

 民間の技術屋なのだから、「売れる・売れない」の判断は重要だろう。

「当たり前だ…この望遠鏡の存在が明らかになったら、NASAだろうが自衛隊だろうが、まとめて飛んでくる」

 先生が発明した、特殊レンズ欲しさに、な。

 島村も、科学者だ。

 マッド・サイエンティストと、理解して助手をやっている男だ。

 彼もまた、研究は商売とイコールではないのである。

「でも、ボス…1個、チョウさんにあげたわよ」

 絹のマイクは拾っていないが、遠くの二人のやり取りを見る限り、チョウ用の望遠鏡は、そのまま彼が持って帰ったはずだ。

 島村は、即座にバッグを開け、望遠鏡の数を確認した。

 そして――敗北した顔で、再びそれを閉じたのだ。

「分解して、調べられないといいが」

 ボスと違って、島村がチョウを信用していないのが、その言葉で分かった。

 しかし、いくらすごい天体望遠鏡だからと言って、旧友にもらったそれを、チョウが分解して利益に役立てようとは思わないだろう。

「そんなに、心配しなくてもいいんじゃ?」

「先生が、うっかり変な組織に組み込まれるのが、いやなだけだ」

 絹の言葉に、即座に返される、島村の気持ち。

 そうね、うっかり連れ去られたら大変ね。

 心配しすぎだとは思ったが、その一点についてだけは、彼と同じ気持ちだった。
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