ワケあり!
「よく来てくれたね」

 大きな郊外の家。

 チョウと、二人の使用人に出迎えられる。

 その使用人が、二人して絹の顔に驚きを隠せないでいた。

 亡くなった奥様に、そっくりなせいだ。

 あらかじめ、チョウや兄弟は言ってなかったのか。

「ああ、すまないね、絹さん…気を悪くしないで」

 チョウは、さりげなくフォローする。

 ボスの手前、小さく「いえ」と、答えるだけだった。

「じゃあ、私の部屋へ…」

 チョウが言い掛けた時。

「絹さん!」

 大きな声で、すっとんでくるミサイル。

「了くん」

 熱烈に抱きつかれ、絹は微笑んだ。

 抱擁騒ぎは、久しぶりだな、と思いながら。

「絹さん、来るって聞いてなかったよー! どうして教えてくれなかったのー」

 抱きつきながらも、口から出るのは不満。

 車での通学でも、メールでも言わなかったせいだ。

「今日、先生に誘われたの、ごめんね」

 ボスの前で、にこやかに嘘をつく。

 彼は、チョウに夢中で、絹の嘘など耳にも入っていない。

「絹さんがいるなら、僕もパパの部屋いくー」

 何があるかも知らないような了は、抱擁から腕を組むに形を変化させた。

「こら、了。絹さんは、遊びに来たわけじゃないんだぞ」

 チョウに釘を刺され、坊やはブーっと唇を尖らせて抗議する。

「声が大きいんだよ、了は」

 絹の腕から、ダッコちゃん状態の了が、べりっとひきはがされる。

 後方だ。

 振り返ると、将が弟をはがいじめていた。

「おはよ、絹さん」

 じたばたもがく弟を、しっかりキープしながら、にこっとスマイル。

「おはよう、将くん」

「将兄ぃー放してー」

 絹のあいさつと、末っ子の抵抗が重なる。

「後で、お茶の時間を作るから、それまで待っていなさい」

 末っ子の甘えぶりに苦笑しながら、チョウはさりげなく二人をこれからのことから遠ざけたのだった。
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