踏みにじられた生命～紅い菊の伝説１～

悪夢

　闇の中、鏡美鈴は何かに追われるように走っていた。その闇は何処とも判らない、洞窟の中でも、光さえも届かない深い海の底でもない、自分の内部と外部との境も判らない深いものだった。
　そんな中でも美鈴には背後から迫ってくる危険なものの気配が分かった。
　捕まってしまえば自分の存在すら危ぶまれてしまう、そんな予感が彼女にはあった。
　だから美鈴は必死に走った。
　心臓が鼓動を限界まであげ、肺が張り裂けそうにまで収縮している。額や背中には冷たい汗が伝っていくのが判る。
　どれくらい走ったのだろう、美鈴は足が自分の意志に塩田が得なくなってきたのが判った。前に出す足がもつれ、その速度も下がってきた。
　そしてついに美鈴は倒れてしまった。
　見例は必死で立ち上がろうとした。けれどもそれは叶わなかった。
　後ろからはそれが近づいてきた。それは大きく、邪悪な存在に美鈴には思えた。
　そしてついに、それは美鈴の元に着いた。
　美鈴の上に覆い被さるように迫ってきた。
　それの勝ち誇ったような思いを美鈴は感じた。
「時が満ちた。」
　それは、そう言って美鈴の上に覆う被さってきた。
　その時、美鈴は右の方に焼けた釘が何本も突き立てられたような激痛を感じた。
「いやぁ！」
　美鈴は叫び、起き上がった。
　そこは、いつもの彼女の部屋だった。
　六畳の部屋に置かれたパイプベッドの上で美鈴は肩で息をして半身を起こしていた。
小さな豆電球の灯りに照らされた部屋は何事もなかったように静まりかえっていた。ベッドのそばに置かれた目覚まし時計の秒針の音が規則正しく時を刻んでいる。
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