踏みにじられた生命~紅い菊の伝説1~
 美鈴は神経を研ぎ澄まし周囲の気配を探った。この場所に何もないはずはない。明らかにあの声はここから発しられていた。その声の主には殆ど時間が残されていない。美鈴の心の奥に潜む何かが彼女に告げている。
 声の主は間違いなくここにいる。それなのに見えないことはあり得ない。不自然なことだ。
 不自然なこと…。
 美鈴は自分の周囲に不自然な場所があったことに気づいた。彼女の目の前にあった不自然な空気の揺らぎがあったことに気がついた。
〈ここだ〉
 美鈴の心の奥にいる者が彼女に告げた。だが美鈴には何をすればいいのかが判らなかった。それを察したのか、彼女の心の奥にいる者が叫んだ。
〈全ての神経を集中してあの揺らぎの中心を貫け!〉
 美鈴はその声に従い全神経を目の前の空気の揺らぎの中心に集中した。
 空気の揺らぎが波立ち、やがて中心の一転を中心にして渦を巻き始めた。
 美鈴は更に強く神経を集中する。
 すると中心部分に小さな穴が空き向こう側が見え始めた。
〈開け!〉
 美鈴の放った念が鋭い矢となって揺らぎを貫き霧が晴れるように消えていく、そして紐状のもので首を絞めている者と絞められてぐったりしている者が見えてきた。
 美鈴はその光景に愕然としてその場に立ち尽くしてしまった。その気配に気づいたのか、首を絞めていた者はその両手を紐状のもの離し、美鈴の方を向いた。その者は黒いスェットに身を包み黒い目出し帽をかぶっていて誰なのか判らなかった。だが、その者に手を離され倒れていく者は誰であるか判った。
 それは野川明美だった。
 明美は倒れたまま動かない。
 だが、彼女が失神しているだけなのか、最後を迎えてしまったのか、美鈴のところから判らない。それを確かめようと美鈴は明美のところに近づこうとするが、黒い人物が彼女の方に近づいてくるのでそれが果たせなかった。
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