踏みにじられた生命~紅い菊の伝説1~
 黒い人物はゆっくりと近づいてくる。
 美鈴はその人物から強い殺意を感じて後ずさった。
 そうしている中で美鈴は黒い人物の背後に今まで教室で見てきた赤黒い影があるのを見た。
〈そう、あなた『見える』のね?〉
 赤黒い影の言葉が声となって美鈴の脳裏に直接届いた。
 この声には聞き覚えがある。
 美鈴は記憶のページを素早く捲り始めた。
 そうしている間にも黒い人物は近づいてくる。そして、それに併せて赤黒い影が次第に晴れていく。禍々しい赤い影が四方に散っていき影の中に隠されていた『もの』が姿を現した。
『もの』は吉田沙保里だった。
〈あなたは私の邪魔をしようというの?でも『見える』だけじゃ何にも出来いないのよ〉
 沙保里は不敵に笑った。
 それに合わせたように黒い人物はスェットのポケットから光る物を取り出した。
 光る物はナイフだった。
〈私に替われ…〉
 美鈴は自分の心から呼びかけられた。
 だが、それが何かを知る前に黒い人物がナイフを振り回して美鈴に向かって走り出した。一瞬のうちに美鈴の懐に入り込む。美鈴はそれを右にかわすが、ナイフの動きの方が速く、彼女の制服をかすめる。左の腕に鋭い痛みが走る。切り裂けられた肌から血が滲んでくる。
 美鈴は体勢を崩す。
 そこに黒い人物の第二陣がくる。
 避けられない!美鈴の直感が警鐘を鳴らす。
〈私に替われ!〉
 美鈴の心の奥の物が叫んだ。
 美鈴の意識の糸がぷつんと切れる。
 何かが彼女の中で入れ替わり黒い人物を強い力で突き飛ばす。黒い人物の体は宙を舞い
数メートル先に落ちる。
 何が起こったのか黒い人物には判らなかった。そして、確かめるように突き飛ばされた方向に目を向けた。
 そこには美鈴の姿はなかった。
 二つの瞳に赤い光を放ち、髪を血の色のように赤く染めた少女がこちらを睨んでいた。
 それは変貌した美鈴の姿だった。


< 49 / 96 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop